変容する社会19:日本社会を脅かす、見えない危機
日本の足下にある危険
日本の足下にある危険

ここ数年、人為的ミスによる大災害が世界を悩ませている。なかでも最近は、世界経済が立ち直りの兆しをみせてきた矢先のギリシャ財政危機とユーロ通貨をめぐる危機、メキシコ湾沖の海底でいまだ流出が止まらない英メジャーBPの原油などが、新聞のトップ記事を独占している。ギリシャ、ユーロ、BPの引き起こした問題は数ある暗いニュースの中でも、その深刻さは別格だ。まさに、人類が直面している事の重大さというものを考えさせられる。

各方面から「対応」を求める声はあがっているものの、当事者の思惑がぶつかり合い、問題の根本的解決に向けての効果的なやり方をなかなか見いだせない。

日本の状況を考えてみよう。現在進行中の、さらに、未来に起こりうる災害は、日本の経済的繁栄と社会的責任の枠組みの中でどのように対処されるべきか。

今のところ、比較的穏やかではあるが…

戦後の日本における人為的ミスによる大災害といえば、まっさきに「水俣病」を挙げる事ができよう。

90年代の「バブル経済崩壊」も記憶に新しい。その余波は日本企業や金融業界にも及んだ。それ以後継続するデフレ経済は2008年のリーマン・ショックのせいでさらに悪化している。

諸問題が国内に端を発するのか、海外からの飛び火であるかはおいておき、日本経済はおおむね平静を保っているといえよう。もちろん、個々人の生活はこのたびの不景気の影響を受け厳しいものになっている。失業率は5パーセントを超え、貯金をくずしながら家計のやりくりをしている人が増えてきている。だが、スペインやギリシャで生じている大規模なデモ行進は日本では見かけないし、店やカフェはあいかわらず賑わっているように見える。

日本人は深刻な危機に対し過剰に(あるいは、感情的に)反応しがちだ。差し迫る危機的状況を見越して対応するとか、理性的に分析する術がやや不足している。しかし、いったん、国の将来を脅かす問題が現実性を帯びてきたら、人間の行動パターンは突如として変わることに気がつくだろう。

自己満足に耽っている場合ではない

もっとも深刻な問題を列挙してみよう。

エネルギー問題
日本では石油は輸入に頼っている。主に中近東から輸入している。中国での需要が急増すれば、原油価格もつり上がるだろう。メキシコ湾内での原油流出事故は今後の近海油田開発禁止へとつながりかねない。エネルギー源を石油以外から調達するために、日本は原子力発電に依存している。国内に53ちかくの発電所が稼動中で、国内における電力量の3分の一以上がまかなわれている。しかし、最近の調査によると、原発所の半数に「なんらかの問題」があり、事故にいたるほど深刻ではないとされているものの、過去の原子力事故や放射性廃棄物(および輸送)をめぐる問題などもあり、原子力発電に対する不信感は払拭できない。

太陽光発電システム
未来の姿?シャープの太陽光発電システム

将来のエネルギー源として、日本は太陽光発電に注目している。太陽電池の年間生産量はすでに世界第四位、2030年までに3割の住宅に太陽光発電を導入することをめざしている。これで京都議定書の温室効果ガス排出量削減目標に近づけるのではないだろうか。

ふたりの子を持つ母
珍しい光景 − ふたりの子を持つ母

人口問題
日本の出生率が1.2レベルにとどまっている現在、1億2700万人の総人口は2050年までに9000万人となるだろうと予測されている。その時には、ひとりの年金生活者を、ふたりの現役世代が支えることになるだろう。

ヨーロッパでは移民により人口減少をおさえているが、日本は移民受け入れ策を拒み続けている。しかし、移民を受け入れなければ、労働力不足はますます深刻化し、高齢者人口の財政負担も増え、消費が落ち込むことで経済も成長しないだろう。

社会の安定性
日本では、何世紀にもわたり、家族や集団の絆や人間関係における「調和」が社会における最も大切な要素であった。未婚率が増え、少子化が進み、地方から首都圏へ大量の人口が流出したことにより、そうしたものが危機にさらされている。個人の決定と責任に基づいた新しい社会的価値観というものがしっくりと根付かない。特に個人主義が日本ではわがままと同義と解される場合がしばしばあるからだ。グローバル化する世界の現実に対応するような教育方針をうちだすことも遅れている。さらに、もし移民人口が増えた場合、日本の文化的民族としてのまとまりに何らかの影響が生じるだろう。こうしたことを総合的に考えると、日本の社会は犯罪や予期せぬ状況に対し脆く、不安定なものとなるのではないか。

日本経済における懸念材料
記録的な低金利にもかかわらず、国の赤字は増え不景気は続いている。過去2年にわたり、米ドルに対し20パーセント、ユーロ通貨に対しては30パーセント、日本円はその価値を高めた。原因はおそらく、1)日本がサブプライム問題で大きな打撃を直接受けなかったから、2)日本の借金は国内総生産(GDP)の約2倍で,これは先進国の間では最悪にもかかわらず、日本国民の預貯金などで国債が購入されているから、3)欧米の財政危機の最中、投資家たちからは円が安全な通貨と認識されたことなどにある。

ショッピング客
元気のないショッピング客?

こうした経済状況のなかで、明らかにダメージを受けているのは日本の輸出業界だ。すでに、韓国や中国、東南アジア諸国などが日本に迫る勢いだ。韓国はハイテク分野で日本に引けを取らないだけではなく、世界市場の変化により柔軟に対応している。飽和状態の日本市場や人口減少が原因で、国内消費は翳りを見せている。

主に中国や台湾や韓国からの観光客を呼び寄せ日本経済を活性化させることや、太陽電池やロボットなどの技術開発は功を奏しているといえよう。漫画やアニメなどのポップカルチャーも海外市場へ輸出されている。だがそれでも、日本経済の先行きは暗い。尋常ではない国の借金を減らし、2015年に GNP比250パーセント(IMF予測による)となることを避けるため、消費税の大幅引き上げや公共事業の無駄を省くといった抜本的対策をとれば、状況はさらに厳しくなるだろう。

政治と外交政策
日本の有権者は腐敗した自民党一党支配体制に飽き飽きし、2009年8月の総選挙で、自民党を野党に転落させた。政権交代を成し遂げた民主党は、妊娠期間にも満たない8ヶ月半を無駄に費やした。選挙公約をまっとうせぬまま鳩山首相は退陣。

彼の最たる失敗は、具体策もないまま、「“対等で堅密な”日米関係」を訴えたことだ。普天間基地移設問題では発言がコロコロ変わり、結局、米国側からも日本国内からも反発を招いた。

鳩山内閣のあとに発足したのは菅内閣。この新内閣の行方はまだわからない。

日本を脅かす見えない危機として今回は5つの分野のみに的を絞ったが、懸念材料はまだある。日本の政治家は複雑な舵取りを迫られている。財政緊縮策をとれば景気回復に水を差す。借金問題をはじめとする問題の対処を先送りすれば景気はますます冷え込み、社会不安が増し、国際関係も悪化することになりかねない。

日本の社会に大変化が起こりそうな気配がするのは、私だけだろうか?

(平成22年6月30日 溝口広美訳)


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