変容する社会18:日本が強化しなくてはならないふたつの力 − 英語による円滑なコミュニケーション力と独創力
The Whisper
円滑なコミュニケーション
Bella Brisel作‘The Whisper’

アジア地域における躍進的な経済大国として、中国が台頭している。日本は、行き詰まっている。国際舞台における主要国日本としての地位を、いかにして守ればいいのか。少なくとも、印象としては、G8からG20へ変わり、日本の地位は下がったわけだ。そもそもG8の歴史は、1975年に構成された主要6カ国(フランス、西ドイツ、イタリア、日本、英国および米国)から始まった。日本は唯一の「非西側諸国」だった。その後カナダとロシアが加わり、G8となった。

8カ国から20カ国へ拡大したことは、世界の主導権が西側から離れてゆくことを物語っている。殊に、これまでの「米国主導型世界」から、中国やインドやブラジルなど経済成長著しい新興国が主導権を握る「多元的世界」へ移行していると言えよう。G8の影響力の低下はなにも日本だけではなく、西側諸国にとっても気がかりな問題だ。それでもなお、日本が最も押し遣られていると感じているようだ。何故か。

敗戦後、日本は西側諸国 − とりわけアメリカ − からどのように思われているのかということに、大変神経質だった。経済成長、技術テクノロジー分野での発展、ゆるぎない平和貢献などを実現したおかげで、1960年代になると日本は、いわゆる、世界の「A級国家
としてよみがえった。G6のメンバー国に選ばれ、こうした地位を得ると、積極的な外交や日本の主導権でもって働きかけるというよりも、日本はそうした事実をあたかも「奪うことのできない権利」のようだとみなした。高い経済成長率を維持するだけでは不十分で、それよりも、積極的に世界の課題に取り組んでゆくことも重要なのだということに、日本は気づかなかった。

G6あるいはG8における日本の「声」はいつでも小さいというのが、日本国外における意見のようである。おおむねアメリカの言う事に従っている日本。独自の提案をしない日本。こうした日本の受け身の態度の原因は、アイデアが枯渇していることや低いコミュニケーション力にあると非難されてきた。

街路樹
内向的な街路樹(東京にて、2010年)

日本のリーダーに対し、もっと明確で説得力のある声を求める意見が、新聞や雑誌にはあふれている。学界で、政財界で、そしてもちろん外交面において、はっきりと発言してほしい。「知ったかぶり」の外国人識者が日本に指を振りながらこうしたことを言っているのではなく、多くの場合、日本人自身が指摘しているのだ。

これまで新聞で目にした意見の数々を紹介しよう。さまざまな立場から、日本人の下手なコミュニケーション、独創性の欠如、発言したがらない性質について指摘している。

中国の台頭について
「中国には、世界の大国としての地位を維持するための、長期的かつ戦略的展望を抱くリーダーたちがいる。中国は、日本より数歩先を行っている。専門家たちは日本には外交ポリシーが存在しないとこき下ろし、日本のリーダーたちに『有意義な発言をするべきだ』と述べている」浅井基文広島平和研究所所長(2010年元旦付ジャパンタイムズ)

トヨタ自動車のリコール問題について
「後手に回った豊田章男社長の対応からも明らかなように、トヨタは深刻なグローバルコミュニケーション障害をきたしている。これは日本人の語学力、とくに英語の弱さを露呈しているといえよう。『日本人だから英語は下手』という言い訳は、世界最大の自動車メーカーらしくない」ジャン=ピエール・リーマン(2010年4月22日付ニュー・ストレート・タイムズ)

英語教育について
「高校の英語の教科書が学習者の母語で埋め尽くされているのは、日本ぐらいだと思う。質問や解説が英語で書かれている高校の教科書というものを、日本では見かけたことがない」ナジマ・ジャンジュア教授(2010年3月31日付ジャパンタイムズ)

発言することについて
「日本では、意見というものが私的なものととらえられ、他人の意見を批判することは、個人攻撃と見なされてしまう」玉本偉政治学者(2009年4月15日付オランダのヴォルクスクラント紙)

主要国の間で本格化する金融機関への規制強化の動きについて
「銀行の自己資本の測定や比率の規制をめぐり、日本からの発言が乏しい。バーゼル銀行監督委員会の上級代表者に押され気味の日本」デイリー読売(2009年7月29日)

益川敏英
ノーベル物理学賞受賞した
益川敏英京大名誉教授

学者同士の英語によるコミュニケーションについて
「物理学者として、世界中の学者と対話をしたい。英語を話せたら、できるのに」2008年ノーベル物理学賞受賞の益川敏英京大名誉教授(2008年12月デイリー読売)


オープンな議論をしないことについて
「この先10年のあいだに、日本はアジア諸国との関係を損ねることになるかもしれない。停滞感は深刻になってきている。もっとも懸念されるのは、オープンな議論をしないことにある。厳しい質問はなされず、率直な回答はあまりにも露骨だとみなされている」パリ政治学院ガイ・ソーマン元教授(2009年9月19日付ジャパンタイムズ)

アメリカとの「対等な関係」を望む鳩山政権について
「アメリカ側は、日本との『対等な関係』を歓迎すると言うでしょう、もしも日本が世界規模の諸問題にもっと関わっていきたいというのであれば…」岡本行夫外交評論家(2009年10月29日付ジャパンタイムズ)

人間関係のあり方について
「コミュニケーションの欠如…うつ病を訴える人が急増している…他者とのつながりが希薄になっているようだ」香山リカ精神科医(2010年元旦付ジャパンタイムズ)

日本におけるトップレベルの大学について
「日本の大学は世界ランキングの上位に食い込んでいない。世界の学者たちとのネットワークに欠けており、日本の学者の研究もあまり引用されないからだ」金子元久東大教授(2010年4月1日付ジャパンタイムズ)

以上、日本に豊かな発想と英語による円滑なコミュニケーションを求める人たちの意見を抜粋してみた。ところが、日本のリーダーたちがこうした意見に耳を傾けているとは思えない。たとえば、英語による円滑なコミュニケーションの必要性を、日本政府は感じていないと思わせる具体的な一例として、2010年1月14日に外国特派員協会で行われた原口総務大臣のスピーチを取り上げてみたい。会場に集まった外国特派員には、彼の英語のスピーチ原稿のコピーが配られた。正直なところ、原口大臣のスピーチは、彼の嘆かわしい英語力のため、部分的に理解不可能だった。日本語から英語への翻訳が悪いのか、大臣自身の原稿に難があるのか、定かではないが、英語でMinister for Internal Affairs and Communicationsと呼ばれる総務大臣のスピーチとしては、大いに問題がある。

コミュニケーションの問題は、日本社会の内向性にあるのではないかと思う。理路整然とした議論より、情に訴えるきらいがある。慎み深く、集団志向性が強く、目立つこと、指導的立場に立つことを躊躇する − 日本文化において讃えられてきたこうした性質が、グローバル化する時代では、深刻なハンディキャップとなってきた。

雄弁でアグレッシブな世界の状況下で、なすがままに任せている日本に、方向転換を期待することはできるのか。たぶん、おそらく…。とにかく、事態の深刻さを認識することが先決だ。まずは、独自の考えを持つことと英語を駆使することの大切さを主眼とする教育を導入すべきだろう。

(平成22年4月30日 溝口広美訳)


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