渋谷、新宿、銀座、六本木、赤坂などへ出かけるたびに、一体どこが不況なのかと感じる。店内には買い物客があふれ、カフェやレストランの前には列ができ、街全体が嬉々としている。 他国に比べ、日本の不況はかなり深刻だといわれている。だぶつく在庫調整のために生じる減産や輸出の減少を見れば確かにそうだ。しかし、日本の中流層は、欧米の中流層ほど不況の打撃を受けてはいない。もちろん失業者は厳しい現実に直面しているだろうが、日本の失業者数は、欧米に比べるとそれほど多くはない。それに加え、日本の貯蓄率の高さ(主に郵貯)と個人が抱える借金の低さのおかげで、大半の日本人はこの不況を乗り切ることができるのではないだろうかと思う。 満開の桜の下で酒盛りをしていると、どれほど不況が深刻なものか、実感がわかない。世界の経済状況や歴史的条件は違うものの、1930年代の世界恐慌と比べたくなるのもわかる。IMF(国際通貨基金)は「大不況」の到来を懸念する。いずれにせよ、今世紀最悪とまではいかないが、戦後最悪の世界経済危機であることは間違いないといえよう。経済が速やかな回復軌道を見せず、各国が保護主義的になればなるほど、グローバル化した貿易や金融や雇用のシステムは一気に崩壊するかもしれない。 そういうわけで、4月2日にロンドンで開催されたG20は、なんとしても成功を収めなくてはならなかった金融サミットだったのである。各国の政策には相違があり、さまざまな懸念材料を抱えてはいる。だが、各国のリーダーたちは孤立主義を避け、相互に強調しなければならないことをはっきりと認識し、さらなる危機を避けるための基本方針に同意した。 20ヶ国が集まり、それぞれの責務をしっかりと認識しながら会合に望んだという点は頼もしい。このような集まりは写真撮影と顔合わせに過ぎないことが多いが、今回は、懸案事項が山積みで、夫に同伴した魅力的なご夫人たちの報道どころではなかった。今回のロンドンサミットは期待どおりの成果を収めたといえよう。 金融市場を規制すること、銀行のエグゼクティブたちへ支給される額に上限を定めることなどが合意された。大衆は強欲な銀行へ憤りを感じているので、これは歓迎すべきことだろう。痛手を受けた銀行に同情の涙を流す者はいない。そもそも、アメリカのサブプライムローンに疑いも抱かず投資をし続けた数知れないほどの大手銀行や投資家たちに、同情などする必要はないのだ。彼等にしてみれば誰彼かまわず好きなように糾弾したいだろう。しかし、これまで資本主義のゲームに興じてきたのは彼等自身であって、自らの損失は自ら引き起こしたものであることを忘れてはならない。 ところが、途上国や新興国の労働者たちは、ほんの一握りの愚か者のせいで失業し、貧困にあえいでいる。豊かな国の消費者が買い控えをはじめたせいで、そうした消費者に製品を提供してきた国々は大量の失業者を抱えている。ロンドン・サミットではそうした途上国や新興国に対し、経済支援を行うことを議論した。日本も1000億ドルの融資を行うと表明した。そうした支援や融資は貧しい国のためにどのような利益をもたらすのだろうか。まだなんとも言えないが、今回の首脳会合では途上国や新興国を支援することが道義にかなっているだけではなく、そうした国々の政治的安定や彼等からの資源調達を確保することは、世界経済にとって不可欠だということが認識された。 ロンドンに結集した大多数のデモ行進者たちは、当然のことながら、今回の首脳会合に口約束だけではなく、意義ある行動を求めた。デモ行進者たちは弱者の怒りや苦しみを代弁し、今回の金融危機の犠牲になった人たちがより良い暮らしをできるよう求めたのだった。流血騒ぎやロンドン市警の行き過ぎた行動などもあり、それは残念な一面ではあった。だが、デモを起こした人たちの監視があったからこそ、各国首脳は「失敗が許されない」という心構えで会合に望んだといえるのではないだろうか。 G20サミットの合意は日本にどのような影響をもたらすのだろうか。多大な影響は期待できないかもしれないが、間接的になんらかの反応は生じると思う。財政難に陥っている国を支援し貿易を促進するということは、モノや技術の需要を高めるということにつながる。こうした高まる需要に対し、日本は積極的に関与している。銀行のエグゼクティブの報酬高に上限を定めるということに関しては、日本の場合ほとんど関係のない話だろう。昔から、彼等の報酬は欧米のように途方もなく高いというわけではなかったからだ。それより、もっとも重要な事項は内需を拡大することだ。 それに対する日本政府の答えは、相も変わらず、大型公共事業を打ち出すというもので、この恩恵をこうむるのは建設業界と彼等に便宜をはかる政治家と官僚でしかない。すでに世界の水準のはるか上をゆく日本の道路や公共施設のメンテナンスに財政投資をするよりも、日本に必要なことは、教育への投資、介護分野の開拓、移民の受け入れ体制の強化、増加の傾向にある失業者に対する最低限の生活保障などへの投資である。こうした分野において、日本はまだ遅れをとっていると言わざるを得ない。 (平成21年11月29日 溝口広美訳) |
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