変容する社会10:ボランティア的姿勢だけでは京都議定書の成功は不可能

山前回に引き続き、環境問題について考えてみたいと思う。

先進国で暮らすわれわれは、地球温暖化や地球環境の危機的状況を改善することができるのだ。その方法を、個人の努力という視点からではなくむしろ企業や政府の責務に焦点をあてて述べてみたい。

日常生活ではさまざまな取り組みがなされており、それが二酸化炭素の排出量の大幅な削減へ貢献しているのみならず、自分の健康にもよいことをしていると言えるかもしれない。しかし、こうした個人のボランティアレベルの取り組みだけで本当に十分といえるのだろうか。

昔はこうだった…

うちわ
昭和式エアコン

わたしは1950年代から70年代にかけて日本、オランダ、英国で暮らした。当時はどこも質素な生活を送っていた。今の便利な暮らしに慣れてしまっているわたしたちには想像できない。特に日本の生活はすっかりハイテク化された。ウォッシュレットや便座温め機能など聞いたこともなかった。家庭の電化製品といえば炊飯器、掃除機、洗濯機、それからおそらくミキサーぐらいだった。食器洗浄機や洗濯乾燥機などは贅沢品だった。自動ドアや駅構内のエスカレーターやエレベーターは珍しかった。テレビとラジオが唯一の娯楽だったが、音楽好きの家ならハイファイ装置のプレーヤーもあっただろう。コンピューターやインターネットや携帯電話のない生活など「信じられない」かもしれないが、当時はそのどれも存在していなかった。寿司や麺類は出前を頼んだ。コンビニでインスタント食品を買うことができる世の中がくるとは考えもしなかった。自家用車を持っていたとしても小さなサイズで、一家に一台が常識だった。

つましい暮らしだったにもかかわらず、当時のことを覚えている人たちは声をそろえて、今よりもあの頃のほうが人々は仲の良い満ち足りた生活を送っていたと言う。娯楽も経済的余裕もなかったので、家族の絆は強く、子どもたちはほんとうの意味での子ども時代を送ることができた。大人びたどん欲な刺激やビデオゲームやアニメの害にさらされることなどなかった。

求められる企業と政府の取り組み

そうは言っても、わたしたちは現在のハイテク化された便利な生活に満足しているし、ずっとこうした暮らしをしたいと思う。環境を守るため、たとえ自発的に生活を変えようとしても、その貢献が地球温暖化を解決するほどの効果を持つとはいえまい。本当の変化をもたらしてくれるのは、わたしたちに便利で快適な暮らしを提供してくれる側、つまり企業と政府当局からの対策なのだ。

− 夜間オフィスの照明とエアコンを消すことから始めてみてはどうか(ちなみにニューヨーク市の温室効果ガス排出の80パーセントがビル建物からのものだという)。2008年4月、オーストラリアで特定の時間帯に電気を消すよう一般の人々に呼びかけたが、そうではなく、毎晩電気を消す。

− 街中に氾濫している、統一感のない電飾広告と購買欲をあおる巨大ビデオや勧誘をうながす装置(BGMやスピーカーなど)。スイッチを消すのもいいだろうが、一掃してしまうのがよかろう。

− 誰も利用していない夜間の駅やビル内のエスカレーターを止め、真夜中を過ぎてある程度交通量が減った時間には街灯や信号を半分ほど消す(こういう措置をとる国がすでにある)。政府は無駄な道路を建設するかわりに、その予算を代替エネルギー対策に使い、家庭や産業界が太陽エネルギーへ移行するための経済援助をするべき。

緊急に実現可能な懸案は枚挙にいとまがない。ところがわたしたちはこうした取り組みは「誰かがしてくれる」と思い、こちらからその「誰か」に行動を起こさせるよう強いたりはしない。そして、省エネ電球とハイブリッド車程度のもので自分たちは地球のために良いことをしているのだと満足している。

現状はどうかというと、ブッシュ政権は京都議定書の締結を拒否している。日本は目標達成値の削減量6パーセントにはるか及ばぬどころか、増加傾向にある。そのため排出量取引で削減しようとしている。日本は世界第5位の二酸化炭素排出量国で、その三分の一以上は工場から、残りはサービス部門や一般家庭から排出されている。しかも1990年(基準年)以降、工場からの排出量は減少傾向がみとめられるものの、その他の部門はいちじるしい増加を示している。

さる
見ざる、言わざる、聞かざるでは駄目!

2012年以降の「ポスト京都議定書」の目標値の達成はさらに厳しいものとなるだろう。それにもかかわらず、政府の「我、関せず」という態度のせいで、産業界は環境問題に取り組むことを先送りにしており(そして工場を中国やインドへ移転して、汚染を続け)、このままでは取り返しのつかない結果になるかもしれないのだ。

有権者の力

ひっ迫した現状をもっとも効果的に変える方法は、政治を変えることだ。

有権者が地球温暖化を深刻に受け止めている意志表示をし、不買運動などを起こせば、産業界も変ってくるだろう。おだてられて買わされてきた側のわたしたちが、今度はそうした売り手側を説得するのだ。いささか皮肉な話だが、資本主義市場が健全であることの証といえよう。それでも産業界が主導するやり方には限界がある。彼らはつねに自分の利潤を追求するからだ。

排出量を取り締まる法改正や積極的な規制のみが目標達成を可能にしてくれるのだ。企業と個人の「ボランティア精神あふれる環境への取り組み」だけに頼っていたら「地獄へまっさかさま」になりかねない。

(平成20年5月11日 原文は英語。溝口広美訳)


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