第3回

文化の多様性 − ダイナミックな現実

九州大学の創立百周年を記念して福岡市内で開催された「文化多様性国際シンポジウム」に参加した。

日本、米国、オランダ、オーストラリア、南アフリカから7人の研究者たちが集い、文化の多様性がもたらす様々な課題について論じ合った。絶滅寸前の文化をどのように守るのか。保護をすることにより何がもたらされるのか。あるいは保護を打ち切る、または保護をしないことでどのような結果が生じるのか。

現在7,000ほどある世界の言語のうち、今後100年以内に、その“およそ半分”が消滅するだろうといわれている。言語が失われるということは、その言語によって形成される“文化の消滅”を意味し、それはまた、文化多様性を脅かしかねない。シンポジウムの議論はこうやって始まった。

日本人と外国人の学生や一般参加者も含め100人ほどが参加した、2日間にわたる本シンポジウムでは、研究者たちが文化の多様性を維持し発展させるための多角的な方法を論じ合った。「文化的に継続可能な成長と発展」のための一般原則を、いかにして、文化の多様性の「保護と促進を約束する政策に組み込ませることができるのか。グローバル化は、少数民族の文化保護や、絶滅危機にある、あるいはすでに消滅してしまった文化遺産の保護管理にどのような影響を及ぼしているのか。

日本人女性とアイヌ女性
北海道にて、日本人女性とアイヌ女性。
どちらがどっち?(1972年撮影)

議論は深く掘り下げた、時には白熱したものとなったが、“結論”らしいものはなく、そのかわり、いろいろなことを考えさせられた。シンポジウムを締めくくるパネルディスカッションが終わり、会場から地下鉄の駅まで歩きながら考えた。そもそも何故、「文化多様性を維持」しようと考えなくてはならないのか。特定の人間集団による言語、芸術、慣習、社会規範、精神性などを総合的にまとめたものとして捉えられるのが文化である。共通のアイデンティティを持たせるために文化は伝統のように扱われることもあるが、基本的には、文化とは絶えず変化するものだ。文化的多様性とは、人間の存在が生態学的多様性そのものであることと同じである。有機体のように、文化も現れては消えてゆく運命にある。ダーウィンは種の進化の理論が人間の生存にも応用できると信じていた。さらに広義において、文化の進化にも適用されている。

適者生存
適者生存(1988年ケニヤにて撮影)

つまり、言語も含め文化とは、常に環境に応じて自然に変化してゆくのだろう。必要に応じながら、取っては捨ててゆく。変化を拒めば、やがて化石化し、最後には消滅するかもしれない。それが自然の流れだ。ゆえに、極端な手段で文化の多様性を維持しようとする政策は、自然の法則を妨げることになる。7,000の言語の半分ちかくが消滅するだろうということからも明らかなように、滅亡する言語を救うことは、たとえその数が限定されたとしても、それは徒労にすぎない。


文化
滅亡する文化を救おうとしている
(1967年コロラドスプリングスにて撮影)

文化の多様性は人間生態の多様性として捉えるべきだと、私は思う。つまり、それが現実だ。文明社会に生きる人間は人間同士に認められる個々人の違いを尊重しなければならない。よくも悪くも、それが現実の姿なのだから。文化の違いも同じように尊重しなくてはならない。一定の文化の変化を外的手段で操作することは避けるべきだ。ただし、暴力や極端に制度化された差別により脅かされた少数民族の文化については保護すべきであろう。「多様性を継続するため」という理由で、滅びゆく文化や消えてゆく言語を保護することはコストがかかるだけではなく、究極的には逆効果を招く。変わる現実に適応する機会を与えられない文化は、逆に、ますます脆弱なものとなるだろう。

活気あふれる現代社会の多くは、何世紀にもわたり続いた人間の移住と移動、交易、争いと征服の結果形作られたものであり、異文化が交じり合い、異種婚姻により出来上がったものであると、私は考える。たいていは、孤立のうち出来上がったものではない。そうした孤立が自らの選択か外的条件によるものかは関係ない。そういう意味では、日本は実に例外的といえよう。200年近く続いた鎖国の歴史がある。さらに、現在も続く厳しい移民規制のため、日本民族はほぼ均質性を保っている。日本の人口の多さや、欧米とアジア − 特に中国、韓国との幅広い文化、経済レベルの交流のおかげで、ひとり瞑想に閉じこもることはないようだが、変化の風を招き入れ、外部と積極的に交わることを躊躇している傾向はいまだに続いている。

地下鉄の駅に到着した。少なくとも私の結論は明らかだ。生き伸び繁栄するためには、よその文化からのむきだしの影響にさらされつつも、必要に応じそうしたものを取り込んでゆくしかない。日本も、もちろん、そうするしかない。

(平成24年1月31日 溝口広美訳)


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