第1回

我が道をいくオランダ人と、彼らの奇妙な常識感覚 (前編)

いつも驚かされるのは、オランダ人の人生観や「自由」の解釈、オランダの社会構造、さらに戦争の仕方までが型破りであるのに、そうしたものが奇妙なほど効率よく機能しているという事実だ。

戦争の仕方?16世紀から17世紀にかけ、スペインから独立するために80年間戦った「オランダ独立戦争」のことを言っているのではないが、自分より強い外国からの支配を絶つために、相手が辟易するまでいじめ、欺き、騙しながら勝利をおさめたという意味で、オランダの独立戦争は強敵を倒した成功例と呼べるだろう。1940年から45年にかけてドイツに占領された時ですら、最後にはドイツ軍を追い出すことに成功した。ただし、オランダだけの力ではあれほど早く解放はされなかっただろうとも言われていることは確かだ。

ロッテルダムのエラスムス
人文主義者として有名な
“ロッテルダムのエラスムス”

わたしが述べる「戦争の仕方」とは、4年間の駐留をおえアフガニスタンから撤退した1950名のオランダ軍についてである。24名の兵士が亡くなり、アメリカと英国により開始された「不朽の自由作戦」への不信感が高まると、アフガン派兵問題をめぐりオランダの連立政権が崩壊、ついに撤退を決意した。それでも、オランダ軍の貢献はアナリストから讃えられた。BBC(英国放送協会)は「オランダ駐留軍はアフガニスタンに駐留する外国軍が手本とできるようなやり方を編み出した。例えば、“3D政策(防衛Defence、外交Diplomacy、発展Development)”。タリバン軍と戦う一方で、地元の部族リーダーたちとコンタクトをとり、住民の暮らしの安全を守りながら彼らに医療、教育、経済活動の支援を行うやり方だ」と報じた。オランダ兵はヘルメットを脱ぎ、戦車や武装した車ではなく、自転車でパトロールをすることもあったそうだ。


問題は解決されるためにある

3D政策は、いかなる状況においても常識的に対応したがるオランダ人の性癖をあらわす、ひとつの例だ。オランダを訪れる思慮深い旅行者は、オランダ人の独立心や問題解決力について、しばしば言及する。司馬遼太郎は『オランダ紀行』で、オランダ人は理性を信じ、過激主義や神秘主義や軍国主義、極端な国粋主義などあらゆる「ナントカ主義」を否定したおかげで、数々の業績を達成できたのだと論じる。

オランダで12年ちかく暮らし働く『物語オランダ人』の著者倉部誠氏は、オランダ人を勤勉で、個々人が問題解決力を身につけているとみなす。小国でありながら、国際舞台でオランダはよくリーダーシップを発揮する。高い語学力は最大の強みだ。同性愛者同士の結婚や、安楽死、マリファナなどのソフトドラッグの合法化など、物議をかもす問題に対して前向きなのがオランダ人だ。暮らしは質素だが、贅沢をする人に対してもたいていは理解を示し、災害や貧困に対する援助には素早く応じる。倉部氏は、オランダの職場は労働者中心であると言う。雇用者はひとりの人間として扱われ、個人の関心や希望が尊重される。だから、残業はほとんど存在せず、家族と一緒に過ごす時間を多く持てる。また、子供を中心に考えるオランダの教育システムから、日本はなにかを学べるのではないかと述べている。

教育研究家リヒテルズ直子氏も、オランダの教育の利点を、日本で精力的に紹介している。

オランダ、3つのリアリティー

実践的かつ妥当な解決策を見いだすことができるオランダ人の意欲と能力の根源はいったい何だろうか。オランダが、北海を臨むデルタ地帯にあるという地理的条件は大きい。常に水害の危険にさらされながら、海や湖を開拓するなかで、人々は臨機応変な態度を身につけていった。

橋
どこもかしこも水だらけ。
アムステルダムには橋が1700ある

また、大国に囲まれた小国として、オランダは自国の生存のために、相手に何をどうやって与え、相手から何をもらうのかということをいつも把握していなければならなかった。直接対決するのではなく、いろいろ手を打ちながら、オランダ人は何世紀にもわたって「独立」を獲得し、失ったあとに取り戻し、維持してきたわけだ。

オランダの活気あふれる天気も、国をとり囲む水や近隣国と同じく信用などできない。つまり、水、気候、そして強い近隣国という3つの現実のおかげで、オランダ人気質が育まれ、商人も、農民も、芸術家もふくめた国民が、状況に応じて既成のシステムを再検討する機敏さを備えた、非常に独立心の強い人間とならざるをえなかったわけだ。

オランダの日常生活とは

それでは、こうしたオランダ人気質が日々の生活にどう反映されているのだろうか。

●オランダ人はインフォーマル

セレモニーや堅苦しい制度、「こうあるべきだ」という態度、形式的な謝罪を否定する。同意は流動的で、いかようにも解釈されたり変更されたりする場合もある。オランダ人と約束をする時には、相手が必ず時間通りに来るとは期待しないように。レストランやカフェに入ったら、自分の好きなテーブルに座るのがオランダでは普通だ。ウェイターは無視しているように見えるかもしれないが、お客のあなたを無視しているわけでも忘れているわけでもない。もし、そう感じるなら、「外人だからばかにされている」などと思わずに、笑顔で店の人を呼びなさい。ウェイターや店員の数が日本ほど多くはないオランダでは、一人の人間が複数の任務をこなさなければならないから構ってはくれないだけなのだ。

社交の場でも、オランダ人は穏やかで自然で、見るからにゆったりとしている。ユーモアあふれる‘Doe maar gewoon dan doe je al gek genoeg’という言い回しをオランダ人はよく使う。意味は、「自分らしくいるだけで、もうすでに変わり者だよ」。

●オランダ人は倹約家

無駄をなくし、良質のものを大切にするという態度は、ケチとは違う。オランダ人は日々の暮らしの中で分別のある消費をこころがけ、有名ブランドや流行品があふれる消費社会の誘惑にあまり陥らないようだ。だから、巨大広告の看板やネオンサインや路上での勧誘が比較的少ないのかもしれない。衣料品売り場やブティックでは、買うものを決めるまで店員は邪魔しない。昭和期に日本人が実践し、今ふたたび注目をあびている「節約」によく似たオランダ人の倹約の精神は、地球の未来のためリサイクル運動にはげむ今の社会に根付いている。

他国とは違うオランダ社会独自の傾向というものは、まだある。個別で見ると、決して特異とはいえないが、総合的にとらえると、なぜオランダ人が何世紀にもわたり独自のアイデンティティを維持できたのかということを説明できるような気がする。

次回は、そうした特殊性をさらに掘り下げてみると同時に、オランダの欠点についてもまとめてみたいと思う。

(平成22年9月29日 溝口広美訳)


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