***7月***

7月13日 ライデン市のシーボルトハウスへ出かける

シーボルトハウス
シーボルトハウス
表札
シーボルトハウスの入り口にある表札

7月10日から一週間オランダに滞在中、ライデン市にあるシーボルトハウスを訪問した。この日本博物館の建物は、ドイツ人医師及び植物学者フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796−1866)が実際に暮らしていた旧宅だ。1823年、ロッテルダムからバタヴィア(現在のジャカルタ)を航海するオランダ船に医者として乗船。長崎の出島にたどり着いた時点でオランダ商館医に任命され、日本各地から集まってきた医者や学者に、西洋医学を教えた。1868年の明治維新までは、オランダ語が「蘭学」を学ぶための必須語だったので、シーボルトもオランダ語を話した。

帰国の際、シーボルトが日本地図を持ち出そうとしたことが発覚し、国外追放と再渡航禁止の処分を受け、ヨーロッパに戻ったシーボルトは、ライデンに居を構えた。1829年のことである。しかし、1858年に日蘭修好通商条約が締結されたおかげで、追放が解除され、翌年、息子を伴って日本に戻ることができた。

2005年、私はシーボルトハウスで『渋みからスーパーブランドへ〜失われた昭和の価値』と題するレクチャーを行なった。今回の訪問の目的は、次回のレクチャーについて、シーボルトハウス側と話し合うことだった。快い返事が聞けたので、今後が楽しみだ。

ラーペンバーグ運河
ビブリオテカ・ティシアナ

ところで、シーボルトハウスの前を流れるラーペンバーグ運河(写真左)は、17世紀頃、ライデン市内でもっともオシャレな場所だったそうだ。今でも当時の面影が残っている。ラーペンバーグ19番がシーボルトハウスの住所で、25番には「ビブリオテカ・ティシアナ」(写真右)と呼ばれる建物がある。教養深い資産家で、無類の書物蒐集家でもあったヨハン・ティシウスが1654年に建てた。彼の集めた本の中には、当時のライデンで出版されたものも含まれている。例えば地動説を唱えたガリレオや、「我思う、ゆえに我あり」の命題に達した近代哲学の祖とされるデカルトらの著書は、出版を禁じられていたが、ライデンでは出版可能だったのだ。

7月17日 福岡県朝倉市を襲った豪雨

洪水

2016年9月のAttention!で、福岡県朝倉市にある共星の里美術館と、そこでアーティスト・イン・レジデンスとして招かれていたオランダ人イヴォンヌ・ベーレンさんを紹介した。

その朝倉市一帯が、7月5日から降り始めた大雨のため、洪水と山崩れの災害に見舞われ、36人が死亡、5人がまだ行方不明となっている。共星の里の建物と館長はじめスタッフの皆さんは無事であることがわかり、安堵しているが、同じ地区に住む3人の方が亡くなり、風雨により周辺は荒れ果てたままだ。福岡市内にも大雨が降ったが、洪水などの大被害はなかった。

7月28日 奮わない「プレミアムフライデー」

今年の3月14日のハブリ日記で、「プレミアムフライデー」キャンペーンを取り上げた際、「どこまで効果があるかわからない」と書いた。このキャンペーンを盛り上げ、成功させるためには、雇用側が主導推進しなくてはならないのに、そうした動きはなかったし、そもそもこれで超過労働問題が抜本的に解決するとは考えられなかった。

すでに「プレミアムフライデー」はポシャってしまった感がする。企業側の協力はなく、労働者にとってもメリットがほとんどないと言えよう。そもそも、「プレミアムフライデー」を発案したのは安倍首相と経団連で、真の目的は個人消費喚起。お金を使うためには、時間も必要なのに、政府も企業もそうした時間を与えることはなさそうだ。

残業上限月100時間未満が合意され、日本の「働きすぎ文化」は衰退するどころか、悲しいことに、さらなる過労死の悲劇をもたらすだろう。

***8月***

8月1日 せめて今宵は、花火と共に

オランダでは大晦日に花火を上げて新年を迎えるのが習わしだ。日本では、夏に花火を上げる。

福岡市では毎年8月1日に大濠公園で花火大会が開催され、市の人口の3分の1にあたる45万人余りが集まる。

花火

国内外の不穏な情勢を忘れ、夜空に打ち上げられる花火を楽しもうではないか。森友学園と加計学園をめぐる安倍首相の疑惑は払拭されていない。イギリスのEU離脱も不透明だ。そして、先が読めないトランプ大統領の行動パターンと、本当に発射されるのかわからない北朝鮮の核ミサイル。

日々のニュースにあえて個人的意見を述べることは控える。ただ、願わくば、破壊ではなく娯楽のための発火にとどめて欲しいものだ。


8月3日 無事だった日本最古の「三連水車」

三連水車

7月5日の豪雨災害から1ヶ月が過ぎてもなお、朝倉市一帯では泥出しや清掃作業が続いている。そんな中、明るいニュースが届いた。土砂や流木のため止まっていた日本最古の三連水車(国史跡指定)が再び動き出した。江戸時代より灌漑(かんがい)用水車として田んぼに水を送っており、農家にとっては喜ばしいことだろう。

共星の里美術館でも、復興作業が続いている。

8月12日 試練の多い2020東京五輪

東京は、あと3年後に、夏季オリンピックとパラリンピックを開催することになっているのだが、都民はもとより誰もが心配していることは、夏の暑さだ。7月24日から8月9日の開催時期は、まさに日本の夏の盛りにあたる。

2013年9月に東京が2020年夏季五輪開催都市に決定してから、真夏の開催、殊に、暑さに対する懸念が広まっている。1964年の東京夏季オリンピックは10月だったので、暑さの心配はなかった。地球温暖化は日本だけが例外とは言えない。都内における7月と8月の気温はここ数年、32から36度に達することもあり、さらに高い湿度も加わって、熱中症の危険度が急上昇している。2020年の五輪開催中、果たして、選手と観客は高温多湿に耐えられるのだろうか。

スタジアム
隈研吾氏のデザインによる
『木に包まれたスタジアム』

しかし、熱中症より、もっと深刻な問題が発覚した。「木に包まれたスタジアム」となる新国立競技場で使用される木材は、当初、日本国内の木材を活用すると、デザインを手がけた隈研吾氏は述べていた。ところが、国産材木より価格の安いマレーシア産の木材を輸入し、使用していることが報じられた。さらに、マレーシアのサラワク州の村では、新国立競技場の建設のために熱帯雨林の木材を購入しないよう、日本政府に陳情している。サラワク州は違法伐採による森林破壊が深刻で、地元のペナン族の伝統的な暮らしが脅かされている。世界の環境団体も彼らの陳情を支援し、新国立競技場の建設現場で抗議運動を行っている。

熱帯雨林破壊を抗議
熱帯雨林破壊を抗議する

2020年東京五輪は、すでに、いろいろな問題を抱え込んでいる。開催そのものを反対する人たち、自転車ヘルメットのようなデザインと予算オーバーの理由から却下されたザハ・ハディド氏による新国立競技場のデザイン、五輪エンブレムも盗作疑惑が浮上して却下された。そして、今度は「暑さと木材」問題だ。

2020年のオリンピックが、本来の理想を体現する、偉大なるスポーツの祭典であることが考え難くなってきたのは、私だけだろうか。

***6月***

6月2日 レイプされたパリ

予想とは裏腹に世界の表舞台に登場して以来、ホワイトハウスの新参者は、まったく、ニュースに事欠かない。根拠のない告発、衝動に駆られた決断、突然の方向転換などがニュースとして報じられ、普通の思考回路を持った人間にとって、それを受け取ることは常なるチャレンジだ。

ところが、今朝のニュースは、これまでの中でも突出している。2015年に採択され、195カ国が署名したパリ協定から、アメリカが離脱するという。確かに、これは、オバマケア(国民皆保険制度のようなもの)の廃止、メキシコ人を締め出すために国境に沿って建設する壁、イスラム国からの移民と旅行者の規制、ヒラリー・クリントン氏投獄などのような、大風呂敷を広げた公約のひとつではあった。ちなみに、彼の掲げたこうした公約は、まだ、ひとつも果たされていない。本人の考えが変わったから、あるいは、入国禁止令のように、法廷が違法と判決を下したからだ。

パリ協定については、ホワイトハウスのスタッフやアメリカの主要企業が、離脱によりアメリカの国際的立場は弱まり、グリーン政策による経済成長と雇用創出も痛手を受けると反対したものの、トランプ大統領は「公約を守るため」、「 リではなく、 ッツバーグ市民の代表として、大統領に選ばれたから」、離脱を決定した。ところが、ピッツバーグ有権者の8割は、トランプ氏ではなく、ヒラリー氏に投票したというではないか!

トランプ大統領には真実やロジカル思考というものがない。彼の背後で、中国が笑っているのも、さもありなん。

6月3日 ヨハン・クライフに挑む

1947年生まれのオランダ人ヨハン・クライフは、最も偉大なサッカー選手のひとりと言えよう。アヤックス・アムステルダムで活躍し、オランダ代表のリーダを務め、トータルフットボールで世界を驚かせ、その後スペインのバルセロナへ移籍し、2013年まで、監督そして顧問として貢献した。不思議なことに、スポーツ選手でありながら、ヘビースモーカーだった。緊急バイパス手術後、1991年にタバコをやめたものの、2016年3月に68歳で亡くなった。肺がんだった。

クライフ選手は日本でも有名だ。彼の死を受け、2012年にドイツ人ジャーナリストが出版したクライフと彼のサッカーについての本を、日本の出版社が出版することになった。ところが、ドイツ語の原書に、およそ190ものオランダ語の人名や地名といった固有名詞が含まれており、そうした名詞のカタカナ表記を、ハブリチームは依頼された。

ゲームの支配者ヨハン・クライフ

例えば、ヨハン・クライフ。英語ではクライフをCruyffと綴るが、オランダ語ではCruijff。オランダ人以外で、これを読める人は、滅多にいないと思う。

ゴールデンウィーク直前の4月末に引き受け、5月5日の締切日までに、オランダ語名詞のカタカナ表記変換を終了。無事に出版された書籍の奥付には、編集協力として、ハブリチームの名前が記されている。

6月中旬出版の『ゲームの支配者ヨハン・クライフ』(ディートリッヒ・シュルツエ=マルメリンク著円賀貴子訳/洋泉社)


***5月***

5月3日と4日 博多どんたく

4連休となる今年のゴールデンウィーク中に、ハブリチームは地元福岡のお祭り「博多どんたく」を見に行った。

博多どんたく1 博多どんたく2

見どころは、どんたく隊のパレード。九州のみならず、全国各地から666団体、25千人余りが参加した。市民団体、学校、企業、ブラスバンド隊や音楽隊などが個性的な衣装をまとい、才能豊かに、思い思いの踊りや演奏を披露しながら通りをパレードする。毎年200万人以上がこの祭りを見に集まるという(ちなみに、福岡市の人口は150万人)。

博多どんたくは、1179年元日に始まった「松囃子(まつばやし)」に由来していると言われている。江戸時代になると、めでたい衣装をまとった博多松囃子が正月に福岡城の藩主を表敬する習わしとなり、その行列は「通りもん」と呼ばれた。ところが、明治政府は「金銭を浪費し、文明開化にそぐわない」という理由で、正月の松囃子を禁止した。一説によれば、明治12年(1879年)になると、この行列は「どんたく」という名で再開。「どんたく」とは、オランダ語で「日曜日」や「休日」を意味するZondagに由来する。日本語には3000近くのオランダ語源の言葉があるが、多くは医学、化学、技術といった分野に特化したものが多い。出島や蘭学の歴史に負うところが大きいのだろう。

博多どんたく3 博多どんたく4

今でも160語ほどのオランダ語源の言葉が日常的に使用されている。例えば、ビール(蘭語bier)、ブリキ(blik)、ゴム(gom)、カラン(kraan)、コップ(kop)、マドロス(matroos)、メス(mes)、ピント(punt)、ランドセル(ransel)、スコップ(schop)など。

太平洋戦争中、どんたく祭りは禁止されたものの、戦後まもなく復活し、1949年に、5月3日と4日を開催日と定めてからは、毎年楽しく賑やかな祭りとして親しまれている。

5月21日 増えるプラスチックごみ問題を日本はいかに解決するのか

プラスチックに囲まれた暮らしが当たり前となって久しい。包装はもちろん、自動車部品や携帯電話にも、玩具に衣服に医療機器にも、それから忘れたが他にも至る所にプラスチックが使われ、そのせいで私たちは深刻な問題を抱えているわけだ。プラスチックごみをどう処分したらいいのだろうか。

家庭ごみの大半を占めるプラスチック製袋や容器は、最終的にどこへ行くのかということなど気にもせず、ごみ袋に捨てている。プラスチックは自然界で分解されないので、全部とまでは言わないが、ほとんどのプラスチックごみは、地球を汚染しているわけだ。「毎年最大1300万トンのプラスチックごみが海に流れついており、これでは2050年までに、海には魚よりプラスチックがあふれている状態となるかもしれない。」ニルス・シモン博士ら科学者たちの記事を、最近のジャパンタイムズで読んだ。彼らは、プラスチックごみの撲滅およびリサイクルを推進する世界的協定を作るべきだと呼びかけている。

願いというより、一刻も実現しなければならない目標だと思う。嬉しいことに、プラスチックごみを無為に処分できないような規制を、すでに、設けている国もある。2011年に、英国の大手新聞ガーディアンは、日本がプラスチックのリサイクルでは他国のはるか先を行っていると報じている。1997年に容器包装リサイクル法が施行され、はじめて、企業も個人もプラスチックごみの分別を義務づけられることになった。2010年までに、プラスチックごみの77パーセントが再利用され、この値は、イギリスの2倍、アメリカのほぼ4倍となる。それからさらに2014年までに、日本のリサイクル率は83パーセントにまで伸びた。主にサーマルリサイクル(エネルギー回収利用)という手段がとられている。

日本でリサイクルされているのはプラスチックごみのみにとどまらない。全国の自治体ではごみの分別を徹底しており、燃えるごみ、燃えないごみ、プラスチックごみ、古紙、ペットボトルなどが、それぞれ定められた日時に回収される。

大濠公園
どんなに人が多くても、いつもキレイな大濠公園

こうした日本のごみ処理政策は、環境を守るという素晴らしい姿勢の反映だ。公共のゴミ箱が少ないにもかかわらず、道には、ごみだけに限らず、タバコの吸殻さえも落ちていない!さすが日本人だ。もっと多くの人たちが見習ってほしい!


***4月***

4月4日 さくら、さくら、花ざかり

舞鶴公園(福岡市)で撮影

しだれ桜
しだれ桜の下で結婚
お花見
お花見
天守台からの眺め 天守台からの眺め
天守台からの眺め

***3月***

3月14日 働きすぎ日本人と、どこまで効果があるかわからないプレミアムフライデー

日本の労働時間は異常なほど長い。週40時間労働制であるにもかかわらず、実際には60時間とは言わないまでも、とにかく長く働く。長時間労働は「過労死」を招くことすらある。毎年、日本では、何百いや何千人もの人々が、文字通り、死ぬまで働くか、耐えきれずに自殺している。厚生労働省によると、2015年度の過労死関連の請求件数は2310件で過去最高を記録した。例えば、ビル管理会社に勤めていた34才の社員は、人生最後の数週間に、週90時間という尋常ではない長時間労働を課せられ自殺した(ワシントン・ポスト紙の掲載記事より)。

年次有給休暇は20日と定められているが、上司が取らないから、自分が休暇を取ると上司や同僚に迷惑をかけるから、休暇も取らず長時間労働をする人は「働き者」とみなされるからという理由で、実際には多くの人々がその半分も休みを取らずにいる。

プレミアムフライデー

2017年2月から、政府と経団連が「プレミアムフライデー」キャンペーンを始めた。毎月末金曜日は、午後3時退社とするキャンペーンで、雇用主側の理解と歩み寄りも必要となる。ところが初回の2月24日は、多くの企業が様子をうかがうにとどまった。ジャパンタイムズの調べによれば、首都圏で3時に退社した人はたったの3.7パーセントだったという。

表向きは、月に一度、労働者にとっては垂涎の的とも言える、わずかばかりの息抜きを楽しむためということだが、本キャンペーンの別の目的は消費喚起にある。鉄道航空各社をはじめ、宿泊、飲食、小売業界などが、プレミアムフライデーの経済効果を期待している。ただし、労働人口の多くがこのキャンペーンに参加すればの話で、今後の動向が気になるといえよう。

一方で、長時間労働の慣習は続くようだ。3月13日、安倍首相は経団連会長と会い、時間外労働時間の上限はあくまで月45時間が原則ではあるが、繁忙期に限って残業上限を月100時間未満とすることを同意した。

月100時間労働は、深刻な健康被害を引き起こしかねないと専門家は警告するが、政府と経済界の今回の同意は、安倍首相主導の「働き方改革」の布石とみなされている。

3月17日 日本の落し物事情

いつも「日本人は正直だなあ」と感心する。カフェやレストランや電車で、持ち物を席やテーブルに置きっぱなしにしても心配ない。支払いの際に、間違った金額が請求されることは決してないし、そもそもそういうことを気にかけなくてもいい。

それでも、2016年に都内で落し物として警察に届けられた現金が36億7千万円というニュースには、実にたまげた。1日平均1千万円の現金が落し物として警察に届けられたわけだ。警視庁によれば、そのうちの4分の3の金額が、落とし主の手元に無事返されたという。

私自身、日本人の徳の恩恵をこうむったことがある。2010年と2011年のハブリ日記ですでに報告しているが、改めて紹介しよう。2010年3月、箱根宮ノ下温泉に宿泊し、翌日、満員の登山電車で箱根湯本駅へ戻る時のことだった。半分ほど過ぎたところで、乗客の合間をぬって私の席までやって来た車掌が、「ブリンクマンさんですか」と尋ねた。どうやらショルダーバッグを置き忘れたのだが、その時にはまだ、カメラやら貴重品やらが詰まっていたそのバッグがないことに気がついていなかった。誰かが宮ノ下駅のベンチに置き去りにされたバッグを届け、中身を調べたところそのバッグの所有者が私であることが判明したという。車掌から、詳しくは終点の箱根湯本駅でと言われ、到着すると、本来なら私自身が宮ノ下駅まで取りに戻らなくてはならなかったところを、次の電車にバッグを積んで湯本駅にいる私の元へ届くよう、駅員が手配をしてくれた。駅員に何度もお礼を述べたところ、彼は脱帽し、「遅くなってすみません」と深々と頭を下げた。

2011年2月にも、お気に入りのイタリア製の帽子を電車で移動中に紛失してしまった。翌日電話で問い合わせをしたところ、終点の大阪駅へ保管されていることがすぐにわかり、2日後、東京の自宅に、着払いで帽子は届けられた。

交番
  街中の交番

私の落し物体験など、都内で届けられた現金の話とは比べものにならない。ちなみに、現金の入った財布やバッグも含めた落し物受理件数は350万件以上で、マフラーなどの衣類が約45万点以上、傘が38万点ほど、うさぎやインコを含めたペットが900点という具合。 日本では、物を拾ったら警察に届ける。なぜだろうか。正直さに加え、警察に対する信頼度が高く、交番という便利なものがあるおかげだろう。また、日本では、遺失者が見つからなかった場合、時効が過ぎると、所有権は拾得者に移行する法もある。

それにしても、億単位の現金の落し物からわかることは、いまだに日本では現金を持ち歩く習慣が根強いということだ。2016年12月末の時点で、国内で流通している現金の金額は約103兆円。これは、日本に比べ2.5倍の人口のアメリカと、ほぼ同額の金額だ。

3月24日 安倍首相夫妻をめぐるスキャンダル ー 森友学園

安倍首相が右派愛国者であることは長く知られている。A級戦犯も含めた兵士の魂を祀った靖国神社を長年にわたり参詣し、それが批判された2013年からは、靖国参拝は行なっていないものの、玉串料は奉納し続けている。安倍首相は、アメリカによって書かれた平和憲法を改正し、「極めて限定的な場面」で日本の軍事部隊が外国敵軍と戦えるように望んでいる。ジャーナリストを投獄することさえできる特定秘密保護法を成立させ、先の大戦中の日本軍による侵攻や攻撃を隠そうとしている。

こうした超保守的方向性のおかげで、首相の座を揺るがすような兆しは、まだないわけだが、それはなにも、国民が安倍首相を支持しているというわけではない。そうではなくて、2020年の夏季オリンピックを東京に誘致することに成功し、「すべての女性が輝く社会づくり」を推進し、20年に及ぶ不景気を解消するために「アベノミクス」と呼ばれる経済政策を打ち出し、あれやこれや声高に吹聴してきたからなのだ。ところで、アベノミクスの具体的経済効果は、まだはっきりとあらわれていない。

安倍夫妻

ところがここにきて、安倍首相夫妻のスキャンダルが露顕した。戦前のナショナリズムを復活させた教育を行なっている学校法人森友学園と、首相夫妻の関係をめぐるものだ。森友学園が経営する幼稚園では、園児に「教育勅語」を暗唱させている。1890年に明治天皇の勅語として発布された「教育勅語」とは、「忠君愛国」を誓う国民道徳を唱えたもので、「個性」や「私という人間存在」を教え育てることはない。

その学校法人森友学園が新設を予定していた小学校の名誉校長に、安倍昭恵夫人が就任すること、また、夫人が幼稚園で講演を行っていたことが報じられた。学園理事長の籠池泰典氏は、国会の証人喚問で、2015年9月5日に昭恵夫人より「安倍晋三からです」と、100万円入り封筒を受け取ったことを述べた。これに対し、安倍首相も昭恵夫人も彼の証言を否定しており、籠池氏も証言を裏付ける物証を提出することができない。というのも、現金を受け取ったのは、「二人きりの状態」の時だったからだ。

さらに、森友学園が購入した国有地の価格をめぐる問題が浮上している。9億5600万円の土地が、1億3400万円で購入された。土地購入で便宜を図ってもらおうと、籠池氏は2015年に昭恵夫人に接近したと述べているが、安倍首相夫妻は一切の関与を否定している。土地購入の経緯について、誰が関与しているのか、未だにこの問題は解明されていない。

森友学園スキャンダルが明るみになると、安倍首相の支持率は10ポイント低下の、56パーセントになった。野党は昭恵夫人の国会証人喚問を求めているが、安倍首相はそれを阻止している。

3月30日 20年前の予言? ー 英国EU離脱

偶然見つけたのはなんだろうと思ったら、20年前にオランダの日刊紙ヴォルクスクラントに寄稿した、欧州連合(EU)に対するイギリス人の心情について私が書いた記事だった。1997年4月26日付のもので、当時まさに佳境を迎えていたイギリス総選挙で争点となっていたEUの影響について、私は自分なりの分析をまとめた。以下、抜粋を紹介してみたいと思う(原文はオランダ語)。

日刊紙ヴォルクスクラン

「欧州‘連合’がイギリスの独立に深刻な帰結をもたらすだろうという懸念が現実味を帯びてきたことに、突如、イギリス人は気がついたようだ。」

「閣僚も含めた保守党議員が次々と、ユーロ通貨と欧州連合に対し反対声明を挙げたのはなぜなのか。おそらく、イギリス人全体が、ヨーロッパに対する根本的な嫌悪感を抱いているということを、議員たちは知っていたからだろう。」

「島国イギリスにとって大陸ヨーロッパは、いつの世も、別世界にうつる。イギリス人にとってEUとは共同市場にすぎないわけなのだが、欧州委員会や欧州共同体司法裁判所などが、イギリスの裁決をくつがえすことが多々起こり、衝撃を受けている。」

「4月15日に行われた世論調査によれば、60パーセントのイギリス人有権者はユーロ通貨と欧州連合に反対。さらに40パーセントが、イギリスのEU脱退を望んでさえいる。」

20年が過ぎ、まさにこうしたことが、今のイギリスで起きているではあるまいか。

オランダ語原文は こちらから

***1月***

1月10日 再生可能エネルギーで走り始めたオランダの電車

2017年1月1日よりオランダ鉄道(NS)は、国内を走る全ての電車を、環境にやさしい風力発電で運行している。電気は沖合や海岸沿いに建設された巨大風力発電所から調達される。

全電車の風力発電化の達成を2018年までとしていたが、風力発電所が増設されたことで、予定より早く目標が達成できた。

昔からオランダ(現在の人口1700万人)では、水をくみ上げたり、材木を裁断したり、製粉したりする手段として風車を利用してきた。今度は電車の動力を供給している。1日あたり約5、500本の運行本数を、60万人近くの人が利用するということは、年間12億キロワットの消費電力ということだ。これは、アムステルダムの全世帯の年間電力消費に等しい。再生可能エネルギーに切り替えたことの重要性は、明らかだ。

昔
昔はこうでした
今
今はこのようです

目標達成を祝い、オランダ鉄道(NS)のロジャー ファン ボクステル社長が体を張ってのパフォーマンスを披露したわけだが、「あまりにも危険すぎる」と非難されている。オランダ鉄道(NS)社長による宣伝ビデオクリップ(オランダ語) Youtube

1月14日 ユニークな日蘭合作料理 ー チーズご飯

日本文学部を卒業した名古屋出身の吉田豊子と結婚して2年が過ぎようとしていた1961年、私たち夫婦は、自宅で朝日新聞社の記者のインタビューを受けた。記者自身、オランダ人と日本人の国際結婚に興味を示していた。

チーズご飯

ふたつのことに、彼は驚いていたのを覚えている。まずは、私たちの馴れ初めについて。きっかけは見合いだったのだが、当時は、外国人が見合いをすることなど、稀だった。

それから、豊子が考案した「チーズご飯」。日本とオランダの結びつきを象徴しているような料理で、作り方は極めて簡単。残ったご飯と、細かく刻んだ人参、玉ねぎ、ブロッコリーなどの野菜と、角切りにしたオランダの1年熟成ゴーダチーズをオリーブオイルとバターで炒めて出来上がり。とろりと溶けたオランダのチーズがご飯と混ざり合い、赤ワインと一緒に食べると、信じられないほど美味しい。

くつろぐブリンクマン夫妻

シンプルでありながら珍しい「チーズご飯」は、朝日新聞に掲載された記事でも紹介された。私の家を訪れる客人を「チーズご飯」でもてなしたこともあり、毎回好評だ。

機会があれば、作ってみませんか。

1961年1月19日付朝日新聞に掲載された記事「西宮市仁川の自宅でくつろぐブリンクマン夫妻」



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