9月1日 英国がEUを離脱することの重大さについて

欧州連合(EU)を離脱する英国が、離脱協定の合意目標をめぐりブリュッセルのEU本部で交渉を行っているわけだが、先行きは不透明で、ロンドンや英国内にヨーロッパ拠点を構えている企業は、大陸ヨーロッパへの移転を考え始めている。例えば、フランクフルトかパリへ移動を考えているゴールドマンサックスや、本社をロッテルダムへ移す予定のユニリーバなど。

そして昨日、グローバル企業のパナソニックが、欧州本社を、今年10月より英国からアムステルダムへ移転する旨を明らかにした。企業誘致のために英国政府が法人税率を引き下げることになれば、日本は、EU離脱後の英国を「租税回避地」とみなすのではないかという懸念がわいてきた。その場合には、パナソニックは、東京から未納税を課されるかもしれない。

いずれにせよ、パナソニックのあゆみを考えてみれば、オランダに移転することは、古巣に戻るようなものだ。松下電器産業の頃、60年の社歴を誇るオランダのフィリップス社と技術提携し、やがて松下は世界の電気メーカーとなった。

cooperation agreement
フィリップス社と技術提携を交わす松下幸之助社長(1952年)
パナソニックのウェブサイトより

ちなみに、松下社長を知るブリンクマンが綴ったエッセイ『意外な演技力〜松下幸之助のおもいで』(溝口広美訳)は、『あとらす』31号に掲載されている。購読希望者は西田書店へご連絡ください。
総合文芸誌『あとらす』 38号(定価1、080円)
電話 03―3261―4509
ファックス 03―3262―4643

原文はこちら

9月2日 追悼 ー 「喜劇の巨匠」ジョン・ランティングと、元駐日英国大使及び元ロンドン日本協会代表のサー・ヒュー・コータッティ

ジョン・ランティング

ジョン・ランティング
ジョン・ランティング
ジョン・ランティング (1969年)

ハブリ7月/8月号を配信してから、かなり経ったとある日、旧友でコメディアンとしてオランダでは有名なジョン・ランティング氏が、8月15日に、オランダのブレダの自宅で亡くなったという知らせを受け取った。

ジョンと初めて会ったのは、1969年4月30日、東京でのことだった。都内のオランダ人コミュニティが、東京ヒルトンホテルの「スターヒルクラブ」で、恒例の女王誕生日を祝うダンスと食事を催した。特別ゲストとして招待された彼は、まず、こなれた独演を披露し、それから、皮肉たっぷりのカフカの『猿』を、すっかり猿になりきって演じた。翌日、妻と私はジョンを都内の自宅に招いた。仕事も境遇も全く異なるにもかかわらず、私たちはすっかり意気投合した。

何年にもわたり、機会があれば会って親交を深めた。もっとも忘れられない思い出は、1986年の6月に、ジョンが、コネチカット州のソールスベリーにあった私の別荘を訪ねた時のことだった。当時、ニューヨークで、オランダの銀行の代表を務めていた私は、彼の訪問を喜ばしく思い、歓迎した。その時彼が話してくれたこと、それは、随分遅れてしまったが、ようやくまとめて、エッセイに仕上げるつもりだ。

私が最後に、ジョンと彼の妻イェネケに会ったのは2013年8月。私たちハブリチームは、ブレダにある彼の自宅でご夫人の手料理をご馳走になった。2017年7月に再会を試みたが、彼の体調がすぐれず、会うことはできなかった。

温かい心の持ち主だったジョン・ランティングを、忘れまい。

サー・ヒュー・コータッティ

サー・ヒュー・コータッティ

元駐日英国大使のサー・ヒュー・コータッティ氏が、8月14日、英国で死去した。94歳だった。外交官として11年間日本に滞在。1980年、駐日英国大使に任命され、4年間務めた。第二次世界大戦中にイギリス空軍で働くかたわら、日本語を学び、日本が敗戦した時には、シンガポールで日本語通訳を務めた。

日本の歴史や文化に対する興味は尽きず、大使退任後は、ロンドン日本協会の代表を1985年から10年間務め、日英関係に関する執筆を続けた。また、書評者としてロンドン日本協会の会報誌で、日本に関する書籍を紹介。2009年7月号では拙著“Showa Japan, The Post-War Golden Age and its Troubled Legacy”を好意的に紹介してくれた。

亡くなる直前まで日本関係の執筆を続けた。ロンドン日本協会の会報誌に掲載された彼の最後の書評は、2018年3月から6月までアムステルダムのゴッホ美術館で開催された「ゴッホと日本」展のカタログを評したものだった。

9月7日 さらなる天災が日本を襲う

7月14日のハブリ日記で、西日本に多大な被害をもたらした豪雨をレポートした。

天災

昨日、日本の震度階級で最も高い震度7の地震が、北海道胆振東部で起きた。土砂崩れやインフラの壊滅など大きな被害が確認され、死者は40人を超えた。私たちハブリチームは、来月、小樽商科大学で開催されるジャパンライターズコンフェレンス(JWC)に参加する予定だ。震源地から約80キロ離れている小樽市の地震の影響は深刻ではないようなので、コンフェレンスも予定通り開催され、ハブリチームは各自発表の準備中である。

9月5日には、過去25年間で最強と言われた台風21号が近畿地方を直撃、11名が死亡。大阪、神戸、京都などに多大な被害をもたらした。関西空港は一部冠水し、関空連絡橋にはタンカーが衝突し、損傷。空港は閉鎖され、3,000人以上が孤立状態となった。

9月15日 福島原発の廃炉作業は大丈夫か?

7年前の2011年4月に、当ハブリサイトで東京電力福島第一原子力発電所が地震と津波により、世界最悪レベルの事故を起こしたことをレポートした。原発事故に伴い、多くの人が避難を余儀なくされたこと、放射性物質が拡散されていること、また、原発事故の責任は東京電力にあることなどが、折を見て報じられた。だが、やがて、原発事故関連の記事は紙面から消えてゆき、国と東電の責任問題もきちんと追及されたとはいえないままだ。

そして、最近、汚染水の浄化後に残る放射性物質トリチウムを含む水に、排水の法令基準を超えるヨウ素129が検出されていることが明らかにされた。トリチウムは透過力が弱いため危険性は低いとみなされているが、吸い込んだり、飲食し体内に取り込まれると被ばくを起こす危険な放射性物質である。

8月の時点で、日本政府は、そのトリチウムが残った処理水約92万トン(タンク約680基)を海洋放出することを検討中なのだが、漁業関係者はじめ地元は強く反対している。

Tanks containing contaminated water
タンク約680基に貯蔵されている約92万トンのトリチウム汚染水
abc.net.auの写真より

同じく8月に、国連人権理事会が、原発事故の除染作業員として移民や難民、ホームレスが搾取されている可能性があり、被ばくリスクについての説明が十分なされていないとして、日本政府を非難し、「被ばくにより引き起こされる心理的、肉体的なリスク」を懸念していることを表明。

これに対し、日本政府は「一方的な情報に基づいて声明を出したことは遺憾だ」と述べ、「真摯に対応している」ことを付け加えた。

唯一はっきりとしていることは、福島原発の収束及び廃炉には長い時間がかかるということ。ちなみに、ヨウ素129の半減期は1570万年らしい。

***7月***

7月7日 オウム真理教の元代表に死刑執行

7月6日、オウム真理教の元代表麻原彰晃元死刑囚ら7人が、絞首刑に処された。彼らは、1995年3月20日に東京の地下鉄の車内に毒ガスのサリンをまき、13人を死亡させ、6000人以上に重軽傷をおわせた。これにより、残りの死刑囚は6人となった。

地下鉄サリン事件は日本を震撼させ、世界のメディアでも報じられた。日本人のみならず、日本で暮らす外国人も同様に抱いていた「日本は安全な国」というイメージまで崩された。

麻原彰晃は1980年代末期から1990年代中期にかけて数々の殺害事件や無差別テロを実行し、地下鉄サリン事件も含めて、29人が死亡した。2006年に麻原彰晃、2011年には他12人の死刑判決が下されている。

1955年に熊本県で生まれた麻原彰晃(本名:松本智津夫)は、生まれた時から左目が見えず、家も貧しく、それゆえ、学業の選択が断たれたため、鍼灸師となり、1984年に宗教団体オウムを設立した。当時のバブル経済期の日本社会に蔓延していた消費と物質的豊かさに背を向けた、高学歴の若者たちの中には、精神的幸福を約束するオウム真理教に惹かれた者もいた。そうした信者は、シヴァ神(ヒンドゥー教で「破壊/再生」神)の生まれ変わりで、「救世主」と語っている麻原彰晃を信じ、実に何千人もの人が入信し、その中には有名大学出身の医者、化学者、弁護士なども含まれており、彼らは麻原彰晃を崇め、その命令に従ったわけだ。

地下鉄通勤者をサリンで無差別攻撃することを命じた理由について、麻原彰晃は決して語ることはなかった。信者の中には脱退する者もおり、結局、2000年にオウム真理教は宗教団体「アレフ」に改組(信徒数1450人)。公安はさらなる攻撃を警戒している。

今回の死刑執行により事件に終止符が打たれたと思う犠牲者や被害者がいる一方、一連の凶悪犯罪の背後にあった麻原の真の動機なり考えなりが、彼の死と共に、永遠に知り得ることはないという結末に、困惑と苛立ちを覚えるという意見もある。

絞首刑となった7人の生い立ちやオウム真理教について、一連の事件について、メディアは大きく報道した。7月7日付英字新聞ジャパンタイムズも、一面から4ページを費やし、麻原彰晃、オウム真理教とアレフ新興宗教団体、事件の被害者の声、死刑の是非をめぐる議論等々、くまなく報じている。

オウムテロ事件記事 1 オウムテロ事件記事 2
オウムテロ事件記事 3 オウムテロ事件記事 4
4ページにわたるオウム真理教事件の記事

7月14日 豪雨に見舞われた西日本

6月28日から10日間降り続けた雨により、西日本を中心に北海道や中部地方に、洪水や浸水、土砂崩れが生じ、200人以上の死者と、複数の行方不明者と、多数の家屋被害をもたらす大災害となった。

ハブリチームの住む福岡県も豪雨に見舞われ浸水した地域があったが、広島、岡山、京都、四国などの被害は深刻だ。何千人もの被災者が体育館や公共施設に避難し、未だに避難生活を強いられている。二階建ての家の上の階まで浸水する地域もあり、屋根の上で救援を待つ住人がニュースで報じられた。多くの車が流された。

台風と地震は日本のDNAの一部のようなものだが、今回のような豪雨は、比較的稀だ。1970年代の日本の夏の最高気温は25から30度。現在の西日本では35から40度というのが珍しくはない。つまり、今回の豪雨や、こうした気温の上昇を合わせて考えると、気候変動は明らかといえよう。

豪雨と大型台風が、人口3700万人の東京都市圏にもたらす被害について、考えてみたい。政府によれば、東京都湾岸部と荒川両岸地域に海抜ゼロメートル地帯が広がっており、そこには176万人が暮らしている。大型台風が東京を直撃したら、海水面が上昇し、多くの人が避難をしなくてはならなくなるだろう。大規模水害に備えた対策を講じるため、「首都圏における大規模水害広域避難検討会」が設置され、定期的に検討会が開かれている。

7月17日 英国放送協会(BBC)は宗教的な放送局か?

このところ、BBCの気象情報番組では、最初の画面に2つの十字架が映し出されている。

BBCの気象情報

英国放送協会は非宗教的放送局だと思っていたので、なぜ、気象情報のはじめに十字架を映し出すのかと質問をすることにした。3月24日に送信した私のメールに対し、このような自動応答が返ってきた。

「コメントを受け取りました。今夜、局内のスタッフに、この度のコメントを知らせると同時に、(個人情報を削除した)貴メールを読むように伝えます。スタッフには、番組制作者と編集者、およびマネジメント上層部も含まれております」

しかし、これ以上返事がなかったうえ、2つの十字架は消え去らないので、6月28日に、再度メールを送信したが、上記の自動応答が返ってくるのみだった。

ということは、英国放送協会(BBC)は、結局のところ、宗教的な放送局なのか?

***6月***

6月13日 米朝首脳会談の評価は賛否両論

34歳の独裁者金正恩朝鮮労働党委員長と、72歳の、独裁者になりたいトランプ大統領は歴史的会談を終え、共同声明に署名し、核保有国同士は最悪の事態を避けたわけだが、「ディール(取引)」成立と宣言するには時期尚早といえよう。

日本は未だに脅威を感じている。というのは、共同声明には「朝鮮半島の完全な非核化」が韓国からの米軍撤退を意味するのか否か明記されていないからだ。もしそうであるのなら、それは韓国の望むものではなく、おそらく、韓国と日本は、今以上に中国の脅威にさらされるだろう。さらに、北朝鮮は米国西海岸が射程距離に入るといわれている長距離弾道ミサイルの放棄のみに言及し、日本を狙う短・中距離ミサイルについては触れずじまいだったことも、日本にとっては不安が募る。朝鮮半島における「戦争ゲーム(米韓合同軍事演習)をやめる」という、トランプ大統領の予期せぬ発言についても、韓国政府は何も聞いていなかったというから、気がかりだ。

地図

結局は、今回の米朝首脳会談は、解決より疑問を残したのではないか。今のところ、漁夫の利を得たのは中国のように映る。日米同盟は持続されたまま、統一を遂げた朝鮮半島が核を保有するという心配をしなくてもよくなったからだ。

シンガポールで行われた米朝首脳会談は、世界のメディアで大きく取り上げられた。すでに報じられたこの話題をあえて取り上げる理由は、韓国の釜山から飛行機で1時間もかからない福岡に、ハブリチームは住んでおり、だから隣の芝生で起きている事態に無関心ではいられない。

6月10日 現金払いをやめるには

2017年3月17日のハブリ日記(「日本の落し物事情」)で、日本人はカードより現金を好むこと、2016年の年間現金流通額が約103兆円であること、これは日本に比べ2.5倍の人口を有するアメリカの年間流通額とほぼ同額であることをレポートした。

キャッシュレス化

現在、日本では、キャッシュレス化を真剣に推進している。2015年時点で日本のキャッスレス決済の比率は2割程度と言われ、場所によっては「現金払いのみ」ということもしばしばある。ところが、2020年の東京オリンピックに備え、キャッシュレス化を整備し、訪日旅行者の消費を刺激したいようだ。

スリや万引きの増加と、銀行内だけではなく、街のコンビニ、駅や地下鉄の構内など至る場所にあるATMの維持管理費の負担額も、現金の流通額を減らす理由と言われている。

経済産業省はキャッシュレス決済の比率を80パーセントに拡大することを目指している。そうすれば、金融機関は無駄が省け、日本人と旅行者も現金に頼らない消費が可能となるだろう。

6月6日 懐かしき昭和

農産物輸出大国
出島ラウンジにて

昨夜、東京のオランダ大使館出島ラウンジで”Life, Work and Society in Japan between 1956 and the mid-1970s”と題する講演を行った。1950年代前半の神戸、大阪、東京で働き、暮らした時の様子や、当時のオランダ人コミュニティーについて話した前回(2月28日)の続きということで、1956年のオランダへの一時帰国から始まり、1959年の見合い結婚や、1964年の東京オリンピックの思い出なども含めた、日本の高度経済成長期の様子を、前回同様、写真を交えながら語った。英語による私の講演を聞きに50人あまりの方々が集まり、私の体験談に興味を示してくれたのは嬉しい驚きだった。

プレゼン1 プレゼン2

特に20代30代の若い世代が、パソコンもテレビも携帯電話も、そして一部の特権階級を除いてはエアコンすらもない昭和の時代に関心を抱き、ネットでつながっているグローバルな今とは比べものにもならない当時の暮らしを、懐かしがるというより、不思議と感じていたことに、私は驚いた。

Slide

パワーポイントで使用するため、古いカラースライド写真をデジタル化する作業を、近所の写真屋にお願いした時にも、思いがけない反応が返ってきた。昭和時代の私のスライド写真を珍しがり、それを撮ってお店のフェイスブックに載せてもいいかと聞かれた。私は「どうぞ」と即答した。

過去を知ることは大切であり、若者たちは過去を通して現在を考え、将来に備え心の準備をするということを、この度の一連の出来事から知った私である。

***5月***

5月18日 観光公害に苦しむアムステルダム

外国人観光客とその態度1 外国人観光客とその態度2

街に溢れる外国人観光客とその態度にうんざりし、怒りすら感じているアムステルダム市民のために、市は観光客の数を規制することを決めた。「観光税」を課し、民泊を禁止するという。

騒音、ゴミ、運河のボートでの泥酔、薬物といった問題や、民泊を利用する旅行客に対する地元民の苦情は絶えず、雇用機会の増大、地域経済活性化、財源確保といった観光産業の利点があるとは言えなくなってきたからだ。80万人のアムステルダム市民に対し、今年は1800万人の観光客がアムステルダムを訪れる見込みで、これは、市民の20倍以上、あるいは、オランダの人口1700万人以上だ。

悪名高い「飾り窓」地区の風俗店やマリファナカフェを閉じ、観光客には地元民の生活を尊重するよう戒め、アムステルダムの観光を規制せよと市民が抗議をするのは当然かもしれない。

一方、日本では、今年の訪日外国人数を3300万人と見込んでいる。これは日本の人口1億2700万人の約4分の1。日本政府は東京オリンピックが開催される2020年までに、4000万人を目標としている。ところが、おそらく、京都や東京や大阪といった人気観光地の地元民も、観光公害に悩まされるのではないだろうか。

***4月***

4月2日 日本の24倍もの農産物を輸出しているオランダ

オランダと言えばチーズとチューリップ。ところで、オランダは小さい国ながら、トマトやピーマンやキュウリなどの農産物や肉、それからチーズも含めた酪農製品などを輸出する、世界でも有数の農産物の輸出大国だ。

農産物輸出大国

オランダの陸地面積(33、900平方キロメートル)は、日本の陸地面積(364、560平方キロメートル)の約9パーセントでしかなく、オランダの人口170万人は、日本の人口(1億2700万人)のたった13.4パーセントにすぎない。ところが、2017年の農産物輸出額は、驚くなかれ、910億7000万ユーロ、つまり12兆円で、日本の輸出額4970億円の約24倍。

もちろん、それは、平らな土地のおかげで、オランダ国土の約55パーセントが農業に適しており、そのうちの31パーセントの土地で、なんらかの収穫がなされている。国土の73パーセントあまりが山の日本では、農業に適した土地はわずかに12パーセント。オランダには小さな山がひとつあるのみ。標高322メートルのファールゼルベルグと呼ばれる山で、心の広いオランダ人は、その山をドイツとベルギーと分かち合っており、三国国境があるのだ。

2017年の日本の農林水産物・食品の輸出額は8,073億円だったが、安倍内閣が目標としている「2019年に輸出額1兆円」には届かない。

チューリップ

チューリップの国オランダにとって、花や木や球根が、主力輸出製品であるのは当然だ。2017年の輸出額は60億ユーロ。世界の花産業の44パーセントを、オランダが占めており、世界のトップ国となっている。

オランダの花産業の歴史における唯一の異常な出来事は、17世紀に生じた「チューリップバブル」だろう。チューリップの球根が異常に高騰し、突然暴落した経済現象だ。バブル最盛期に最高値で取引されたセンペル・アウグストス(写真)の球根は、2、500フロリンという値がつけられた。今なら6万4500ユーロ、つまり、850万円ほどか。バブル崩壊後、オランダは同じ間違いを繰り返しはしなかった。オランダの平らな土地が、ようやく、平らに治めてくれたようだ。

4月3日 朝鮮半島に和平の兆しか

平昌オリンピック後に、アメリカと北朝鮮の間で、予想もしなかったような動きが起こり、朝鮮半島における戦争の可能性が、一気に弱まった。日本も巻き込まれるに違いない戦争の可能性である。平和外交を展開する文韓国大統領と、5月までに金正恩朝鮮労働党委員長と会談することを表明したトランプ米大統領は、東アジアの安定化を目指して第一歩を踏み出した。

だが、諸手を挙げて喜ぶには、まだ早い。衝突の兆しが、再び、醜い頭をもたげ始めた。トランプ大統領は、国家安全保障問題担当補佐官として、新たに超タカ派のジョン・ボルトン氏を任命。「辞任」「解任」が絶えないホワイトハウスの人事に、さらなる不確定要素が追加された。ボルトン氏は、軍事力行使を「好む」ことで知られており、北朝鮮問題に平和的解決はなしとし、外交は降伏とみなしている、と言われている。

トランプ大統領が北朝鮮との和平に向けた対話を堅持し、横槍を入れようとするボルトン氏に逆らうことを、切に願うだけだ。

***3月***

3月10日 再生可能エネルギーは成功するか?

1997年に京都議定書が採択された当時、地球温暖化防止のため、日本は率先して温室効果ガスの排出規制に取り組むだろうと期待されていた。ところが、この20年間に、成果をあげたかというと、そうでもなさそうだ。このたび、気候変動に関する有識者会合が河野外相に「厳しい提言」を取りまとめた。現在、日本の石炭エネルギーは26パーセントを占め、増加傾向にあるが、提言では、削減及び最終的には石炭エネルギーを廃止するよう指摘している。

日本では、確かに、再生可能エネルギーの比率がこの数年で上昇しており、2016年には発電電力量の約15パーセントを、再生可能エネルギーが占めている。ところが、安倍内閣のエネルギー政策は原発維持なので、再エネに対しては消極的だ。世界のエネルギー供給のうち、24パーセントが再エネを占めていることを踏まえ、河野外相は日本の再エネ導入の取り組みは「嘆かわしい」と述べ、「新しい思考で再生可能エネルギー外交を展開する」と訴えた。彼は、影響力のある原発推進側と対立することになるだろう。

悲しいかな、再エネ政策に関しては、オランダも、日本と似たような状況だ。2020年までに、自然エネルギー供給率を12.4パーセントと掲げているが、これはEUの目標とする14パーセントを下回っている。また、オランダは、2030年までに再エネ率を24パーセントに達するよう取り組んでいるが、これは、2015年のパリ協定で設定された26パーセントより低い数値だ。

風力タービン
オランダの風力タービン

日本もオランダも、再エネとなる源が沢山ある。風力、太陽光、バイオマス(生物資源)、水力、そして特に日本では地熱など。気候変動問題が重要課題となっていることを考えると、今後は、日本とオランダが積極的に自然エネルギー導入に取り組むことを期待したい!


3月28日 今年もまた、桜の季節!

観光客も含め、日本のお花見に熱狂する様子については、説明する必要などないだろう。当サイトのトップページの写真が雄弁に語っている。

ところで、花見のせいで、空港の出入国審査の混雑や、桜の名所付近の道路に渋滞が生じていることについては、あまり知られていないようだ。成田空港の入国カウンターの前には長い行列ができ、各地のお花見スポット周辺は、うんざりするほどの渋滞が常習化している。

桜

桜を見に来る観光客のみが、空港の混雑の原因というわけではない。新学期に間に合うよう来日する外国人学生も、一因といえよう。

待ち時間を短縮するため、成田空港では日本人の入国審査に顔認証を利用したシステムを導入する予定だ。時間が短縮され、さらなる外国人旅行者が見込まれ、これで空港全体の合理化が進むだろう。

2017年の成田空港における国際線発着回数は最高記録となる19万7458回で、国際線外国人旅客数も過去最高の1551万4180人。

***2月***

2月12日 平昌オリンピック開幕、それでも払拭できない戦争勃発の可能性

第23回オリンピック冬季競技大会が開幕した。福岡から約450キロ離れた平昌で行われた2月9日の開幕式は、予想通り、壮大な演出が2時間あまりつづき、世界中で視聴された。

ところが、文大統領の、北朝鮮の女子アイスホッケー選手を招き合同チームとして参加させること、開会式で韓国と北朝鮮が「南北統一旗」で入場することが、韓国国内で物議を呼んだ。さらに、金正恩の実妹の金永南を開会式に招いたことで(ペンス米副大統領は彼女を無視)、ますます批判が高まった。「南北和解、いや、統一の第一歩」という意見もあるが、やはり、文大統領は卑劣な北朝鮮におべっかを使っていると否定的だ。

本日の米紙ワシントン・ポストは、ペンス副大統領が、前提条件なしで米朝対話の行われる可能性を示唆したと報じた。

だが、これで朝鮮半島における戦争の可能性がなくなったという訳ではない。ペンス副大統領は、北朝鮮が非核化に応じるまで、最大限の圧力を維持することを明らかにしているが、金正恩は断じて応じないことを繰り返している。それでも、少なくとも、対話再開の動きはあるようだ。日本に住んでいる私にとって、朝鮮半島で戦争が勃発することなど、想像もつかないような事態だ。ちなみに福岡市と釜山市の距離はたったの214キロ。フェリーで3時間、飛行機だったら1時間もかからないほど近い。朝鮮半島で戦争が始まったら米朝戦争となり、日本も確実に巻き込まれる。

誰もが正気を失うことのないよう、祈るばかりだ。やはり、核武装する北朝鮮を認め、これ以上の核開発を規制する策を講じるしかないのでは。

***1月***

1月16日 日蘭協会の歴史をたどる

日蘭協会新年会 ブリンクマン氏と溝口氏

学士会館で行われた日蘭協会新年会へ出席した。富士写真フイルム株式会社の古森重隆社長が、2005年より会長を務めている。

現在42の法人会員と、286名の個人会員から成る日蘭協会は、日本とオランダの文化およびビジネスにおける相互関係発展のために、重要な役割を担い続けている。

日蘭協会が発足したのは1912年のことだった。初代会長は大隈重信伯爵。1838年に佐賀藩士の大隈信保の長男として生まれた重信は、15歳の時、佐賀藩蘭学寮で蘭学を学び、長崎でオランダ出身の宣教師グイド・フルベッキと出会った。後にフルベッキは、明治政府より大学設立および教育を任され、大隈重信は1882年に東京専門学校(現早稲田大学)を開設。大隈は、外務大臣に就任した翌年の1889年、西洋化に反対する国家主義組織から爆弾による襲撃を受け右足を切断、外相を辞職したのだが、1896年に再び外相に就任、1898年には総理大臣として日本初の政党内閣を組閣した。1907年に政界を退き、早稲田大学総長を務めた。生涯を通じて、オランダに対する興味は尽きず、1912年に日蘭協会を発足したことは、その証といえよう。

1914年、日蘭協会は『オランダと日本』を出版。大隈重信が序文を寄せている。

Netherlands and Japan 1 Netherlands and Japan 2

第2次世界大戦中に活動を停止した日蘭協会は、1954年に再発足し、以来今日に至るまで、様々な活動に取り組んでいる。

1959年には、松下電器産業の創業者である松下幸之助氏が関西日蘭協会を発足し、初代会長に就任。1989年に亡くなるまでの30年間にわたり、会長として活躍した。私が初めて松下社長に会ったのは、1960年の大阪でのことだった(当時の私はナショナルハンデルス銀行大阪支店の副支店長だった)。

Time Magazine

それから7年後の1967年の東京で、フィリップス社日本代表のヤン・ファン・ヘイマト氏がささやかな宴を自宅で開き、来賓として松下氏が招かれたのは、1952年に松下電器がフィリップス社と技術提携を交わした経緯からだった。その宴の席で、私は、松下氏の秘めた才能を発見したのである。この忘れられない思い出を綴ったのが『意外な演技力?松下幸之助のおもいで』というエッセイ。詳細はこちら

そしてこの度、日本外国特派員協会の会員誌Number 1 Shimbun(January 2018 Volume 50)に、原文が掲載された。

His Hidden Acting Talent - A Memorable Evening With Konosuke Mastushita, Founder of Panasonic



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